私たちは、周りから見れば仲のいいカップルだったと思う。
大きな喧嘩もなく、会話もある。
でも今振り返ると、「一緒に過ごしてはいるけれど、同じ時間を生きてはいなかった」気がする。
仕事終わりに合流して食事をしても、どこか頭の片隅には仕事のことが残っている。
スマートフォンの通知が鳴れば、自然と画面を見る。
休日も、次の予定や効率を考えて動いていた。
そんな日常から少し離れようと選んだのが、クルーズ旅行だった。
正直、最初は少し不安もあった。
船の上で何日も一緒に過ごすなんて、距離が近すぎて息が詰まるんじゃないか、と。
でも実際に船に乗ってみて、その心配はすぐに消えた。
クルーズでは、「次にどこへ行くか」「何時までに移動するか」を考える必要がほとんどない。
移動も宿泊も食事も、すべてが同じ場所で完結する。
だからこそ、時間の使い方が驚くほどシンプルになる。
朝は、どちらからともなく目が覚める。
カーテンを開けると、海と空だけの景色。
その景色を見ながら「今日は何する?」と話すけれど、答えは決まっていなくていい。
デッキに出て、並んで海を眺める。
会話がなくても、気まずさはない。
同じ景色を、同じタイミングで見ていること自体が、自然な共有になっていた。
夕方になると、空の色が少しずつ変わっていく。
沈んでいく夕日を見ながら、
「きれいだね」と言うだけで、気持ちが通じ合う。
夜は少しだけおしゃれをしてディナーへ向かう。
特別なイベントがあるわけではないのに、
その時間はなぜか記念日のように感じられた。
寄港地では、観光地を詰め込むことはしなかった。
街を少し歩いて、気になったカフェに入る。
「次はあっち行こうか」と相談する時間も、どこか穏やかだった。
そして船に戻ると、また二人の居場所がある。
同じ部屋、同じ窓からの景色。
旅先なのに、「帰ってきた」と感じられる場所がある安心感。
旅の後半、ふと気づいた。
お互い、スマートフォンをほとんど見ていない。
話題は仕事や予定ではなく、
「さっきの景色」「次は何が見えるかな」といった、今この瞬間のことばかりだった。
帰港の日、彼がぽつりと言った。
「なんかさ、ちゃんと一緒にいた感じがするね」
その言葉を聞いたとき、胸の奥が少しあたたかくなった。
私たちに足りなかったのは、新しい刺激ではなく、
同じ時間を、同じ速さで過ごすことだったのだと思う。
クルーズは、関係を劇的に変える旅ではない。
でも、気づかないうちにすれ違っていた気持ちを、
静かに同じ場所へ戻してくれる旅だった。

コメント